第5章 LOTの診断を考える(その1)図2 犬歯低位唇側転位.図3 骨格性のオープンバイト.表1 顎関節症の発症に際し,注意を要する不正咬合(文献5より引用).①骨格性のアンテリアオープンバイト②6mm以上のオーバージェットを有するもの③いわゆるCO-CRのスライド量が4mm以上④片側性scissors' bite⑤臼歯の5または6歯以上の喪失 もし,図2の患者についてう蝕やペリオ,またはTMDを予防するために,矯正治療を勧めることはおそらく少し的外れになってしまう.う蝕やペリオについては,根拠のある治療は感染の防止であり,TMDについては,人によってはもしかしたらクレンチングを減少させることになるのかもしれない.しかし,現実的には個々の症例で歯が重なっているところにう蝕を発見することは頻繁にあり,クラウディングによって清掃性が悪くなっていることも明白である.また,茂木らによる20本以上の残存歯をもつ80歳以上の高齢者に対する調査では, 矯正は健康医学であり,矯正そのものが主訴である場合は別にして,ある患者に矯正治療を勧めるかどうかは術者の裁量で決まる.術者がこのアドバイスを十分理解することは,同時に診断を理解することにつながる.では,具体的な例をあげて考えてみよう. たとえば,図2のような患者に対して矯正治療を勧める根拠はどこのあるのだろうか.生涯にわたって歯を機能的な状態で残すということのみに注目すると,矯正治療を行う根拠は今のところやや乏しいかもしれない.すなわち,矯正治療者と非治療者のその後のペリオ罹患率を比較した一連の研究や,ALD(Arch Length Discrepancy)の量とう蝕の発生率を比較した研究によっても,矯正治療を行うアドバンテージはいまだしっかり示されていない.いい換えれば,(審美性の改善を除けば)矯正を行うことによって歯科の2大疾患であるう蝕とペリオから逃れられているという明確な証拠はまだない1〜4.これは,両者が感染症であり,疫学的調査をすると,クラウディングの量というよりもむしろプラークコントロールの影響のほうがずっと大きいからであろう. また,TMDについても,不正咬合との関連性が非常に疑われている現在,咬合を変化させることによる利益がどのくらいあるのかは不明であり,TMDを予防する手段としての矯正治療は,今のところないといえる. PullingerとSeligmanは,不正咬合者をいくつかのカテゴリーに分けてTMDとの関連性を調べ,とくに図3に示すような骨格性のオープンバイトと顎関節症との繋がりについて言及している.彼らはまた他の不正咬合のタイプについてもTMDとの繋がりが疑えるとしており(表1),このような不正をもつグループでは多少治療の根拠がより明確かもしれない. 以上の見解から,患者の集団は,臨床的に治療の必要性が十分高くかつ治療に根拠があるグループと,治療をしても利益があるとは考えられないグループおよびその中間のグレーゾーンのグループに分けられる.35
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