歯科医師のための口腔顎顔面痛
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口腔灼熱痛症候群(BMS)/持続性特発性顔面痛/歯痛(PIFP/PIDAP)155症例29 劇症の持続性特発性顔面痛の症例42患者:74歳,女性.主訴:右顔面と321 123321 123,両側オトガイ部の持続性の自発痛(VAS 100/100).既往歴:糖尿病.現病歴X年7月:舌にヒリヒリした痛みが発現したため,歯科大学口腔外科を受診.初診を担当した医師に舌がんを示唆されたことが契機となり(後日否定された),直後から口腔顔面部に持続性の激痛が発現した.このため,診断と治療を求めて複数の医療機関を受診して検査を繰り返したが,器質的異常は認められなかった.9月15日:上記主訴でB総合病院口腔外科を受診した.上下局部義歯だが装着しておらず,問診中患者は終始閉眼しており,訴えは多彩で不明な点が多かった.受診時には,45部の自発痛や76が接触時に痛むと訴えていたが,異常所見は認められず,打診痛も認められなかった.しかしながら,患者は激痛により摂食に著しい支障をきたしており,体重は発症時と比較して10kg減少していた.9月17日:C歯科大学,口腔顔面痛外来を受診.血液検査,エックス線検査,MRIなどの精密検査で器質的異常が認められないことから,「疼痛性障害[DSM-IV(-TR)]の疑い」で筆者らのリエゾン外来を紹介された.9月19日:誤嚥性肺炎を起こし,D総合病院内科に入院.10月1日:著者らの外来を初診した.疼痛による食物の経口摂取が困難で衰弱が著しいため,ストレッチャーによる搬送受診であった.患者は終始閉眼し会話不能な状態であった.診断と治療C歯科大学の精査により器質的異常が認められないことが確認されていたため,「持続性特発性顔面痛/疼痛性障害」と暫定診断し,精神科医により入院設備のある精神科に三環系抗うつ薬(クロミプラミン)の点滴静注を依頼した.しかしながら,疼痛性障害の経験がないことや患者の容態が悪いことなどを理由に受け入れを謝絶された.10月中旬:経口摂取困難による衰弱が進行したため,D内科にて胃瘻を造設した.アミトリプチリンの投与を開始し,漸増した.12月中旬:アミトリプチリン75 mg/日で疼痛は完全に消失した.X+1年1月中旬:疼痛が消失したため,D内科の判断でアミトリプチリンを中止.その後疼痛の再燃はなく,経口摂取が可能となったため胃瘻を閉鎖し退院となった.その後はADLも回復し,発症前の生活に復帰している.症例28, 29のコメント症例28は器質的異常を疑わせる所見はなく,インプラント治療中の不安から発症し,急激に増悪したと思われる症例である.症例29の場合は口腔外科では診察のみで治療は行われていないため,初診時の医師の「舌がん」と言う言葉に強い恐怖を感じて発症したと推測される.歯科治療がきっかけの場合は,治療直後から明瞭な痛みや違和感が発症し,急激に増悪することが多い.症例29のように摂食も会話も不能なほど衰弱して胃瘻を造設するまでにいたる例は稀だが,摂食不能になって精神病院に入院させたり,日常生活が送れなくなるほど衰弱する例も少なくない.いずれも劇症ではあるが,発症から治療開始までの時間が短かったためか速やかに回復し,通常の生活に戻ることができた.特発性疼痛は,精神疾患では身体症状症に分類される.日常生活に支障をきたしているような症例では精神科医との併診が心要である.

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