筆者は1968年に九州歯科大学を卒業したが,開業歯科医であった父親から「他所に行かず,私の医院に帰ってこい」と命じられ,父の医院で勤務することになった.そして,同時に父から「これからは組織学の知識が必要だから,1週間に1回,大学の口腔病理学教室に勉強に行くように!」と言われた. そこで,卒業した4月に当時の主任教授であった上野正康先生のところにご挨拶に行った.その教室で,いまだに忘れられない一言をいただいた. 「下川君,このスライドを君にあげよう.これは治らないよ」 そう言って,上野先生は2枚のスライドを私にくださったのである(図1,2). 見ると,図1のスライドの横には,「下川先生 124回根管治療」と書いてあった.図2のスライドは68回…….何だろうと思っていると,上野先生が「これは君のお父さんから,『根管治療をしたけれども治癒しなかった.抜歯になったから病理組織標本で調べてくれ』と言われて,いただいた歯をスライドにしたものだ」と言う. 筆者が「なぜ,治癒しなかったのでしょうか」と上野先生に尋ねたところ,以下の返答をいただいた.「問題は図1の丸印の部分だ.この部分が感染を起こしており,リーマーを挿入して回転させても除去することはできない.感染部分を除去するには相当に大きなサイズまで拡げなくてはならず,治癒しない」 「では,図2の症例はなぜ治癒しないのですか」と筆者は聞いた. すると上野先生は「この部分(図2b中黄色三角)が感染している」と言われた.そして,「これは除去できない,だからどれだけ治療しても治癒しない.排膿が止まらないから,君のお父さんは結局抜歯して調べてほしいと私におっしゃったのだ」と. 図2cの₄のデンタルエックス線画像はこの症例のものではないが,イメージとして,複根管歯の合流部である赤三角の部分が図2bの黄色の部分に相当する.歯科医師になって最初に目にした「治らない症例」112
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