新時代の歯周外科
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PeriodontalSurgeon’sBibleなぜ,マイクロスコープか? 「人びとが欲しいのは1/4インチ・ドリルではなく,1/4インチの穴なのだ」とは,ハーバード大学のTheodore Levittによる著書『マーケティング発想法』に紹介されている一文だ.言うまでもなく,穴に対して「ドリル」とは,穴を開ける手段に過ぎない.消費者は「穴」を買うことができないので,その道具としてドリルを購入し,使用者は穴を開けたいがためにドリルを手に取る(図1). この考えをmicrosurgeryに当てはめるなら,「ドリル」が「マイクロスコープ」,「1/4インチの穴」に相当するのが「低侵襲かつ精密と称される施術」である.あくまで患者は,できるだけ痛みや術部の損傷の少ない施術法を希望し,精度にすぐれ,確度の高い治療術式を望んでいるのみで,マイクロスコープの使用自体は患者の求めるゴールそのものにはならない(図1).裸眼やルーペであってもMISを達成できたのであれば,その術式には何の問題も残らない.むしろ大いに評価されてしかるべき施術者の高い技術と言ってもいい. しかし私見を述べるに,裸眼や低倍率ルーペによるmicrosurgeryの実践には,根本的な障壁が幾重にも存在する.まず,術者と患者の距離である.術者が口腔に限りなく顔を近づけ,両目を術野に近接することを許されるのであれば事情は変わるであろうが,通常このようなポジショニングは感染防御の面からも推奨されない.そして,この診療姿勢は術者のフィジカルコンディションをも蝕み,患者にとっても術者との快適な距離感であるとは言い難い.これは口腔・歯周の外科手術に限らず,適切なパーソナルスペースを確保するのも歯科治療の原則の1つである.歯科領域では体を密着させる施術法など,よほど特殊な事情でもない限り患者は求めない.“精密治療”とマイクロスコープ われわれ歯科医師はよく“精密治療”という言葉を耳にする.実のところ,これは歯科特有であり,しかも学術用語として公に定義されていないボキャブラリーである.“精密治療”あるいは“精密診療”という言葉は医学用語辞典においても検索することはできない(図2a,b).ただ,本書では“精密”という用語の定義云々には気を留めずに,“精密治療”を「より細部にまで視点と配慮が行き届いている治療」と考え,その“こだわり”について大いに語りたい. その概念もまた,われわれ歯科医師が目指す良質の歯科治療には欠かせないコンセプトであり,現代ではほぼ同義語的に,拡大視野下において最善を尽くす治療を意味する.非常に高価で,設置のためにチェアサイドを大きく占有するにもかかわらず,われわれ歯科医師がそこまでしてマイクロスコープを常備するのは,医療人としての高みへの自然な渇求であり,さらにこれを実践しようとする心構えは患者への真摯な態度と言い換えることもできる. その事象において,すでに歯科領域でもマイクロスコープの有用性を示す具体例は枚挙に暇がない.具体的には診査・診断,治療,経過観察,すべての場面でマイクロスコープは活躍する.個々の処置例を挙げるなら,今やdebridement(創傷部の感染・患者にとっての“価値”を考える図1 「人びとが欲しいのは1/4インチ・ドリルではなく,1/4インチの穴なのだ」とは,マーケティング業界でよく引用される一文で,「商品を売るには,顧客にとっての“価値”から考えよ」という意味が含まれる.患者にとってのmicrosurgeryの“価値”とは,マイクロスコープの使用ではなく,外科的侵襲の少なく,正確な治療が施されることにある.22

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