補綴・咬合の迷信と真実
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はじめに 「補綴治療には、エビデンスがないですよね?」というご意見をときどきお受けすることがあるが、なかなかこれを一言で説明することはできないので、返答に困ってしまうことが多い。 EBD(evidence-based dentistry)という考え方は、簡単に言えば「根拠に基づく歯科医療」ということで、米国歯科医師会の定義によれば、【EBDは、①患者の口腔および医科的状態と病歴に関係するような臨床的に関連する科学的根拠の体系的な評価を、②歯科医師の臨床的専門技術と、③患者の治療の必要性と好みから、思慮分別をもって、総合的に判断する口腔医療へのアプローチである。】と示されている。つまり、少し前の時代では、歯科治療の方法は、先輩医師から伝え聞いたことや経験や勘などで決定されていることが多かったが、EBDでは、上記の3点も採り入れて治療計画を立案し、実行していくという考え方に変化しているのである。 しかしながら、EBDというのは、歯科医師が行う治療のための絶対的な方程式ではないということを理解していただきたい。局所的なものであれば適用できることがあるかもしれないが、より複雑な状況では、患者の性格や生活環境などの違いもあるだろうし、患者の意向や生活ステージだけでなく、歯科医師の力量も治療方法の決定の過程におおいに関係してくる。EBDは、非営利的に、患者に対して第三者的に予後傾向をデータなどで伝えるためのツールであり、治療方法の絶対的な決定因子にはなりえないのである。例えるなら、天気予報のようなもので、降水確率が高くても雨は降らないかもしれないが、大型台風が接近していることがわかっていれば、それに用心し、備えることはできるはずである。 補綴治療はart and scienceとよく表現される。つまり、経験に基づく臨床的専門技量と科学的根拠に基づいた検証評価の融合であるということで、最良の医療というのは、この両輪が回って初めて達成できるものである。したがって、最初の質問に戻ると、「補綴治療はエビデンスがないことはないけれども、それだけが重要なのではない。だが、科学的根拠を考慮しないで治療を行うことはない」が私の答えである。 他分野におけるペリオチャートやエックス線写真などの測定値による分析と比べると、補綴治療は脱離や破折などの事象が成功を判断する材料になるため、尺度が大きく異なる。また、臨床研究では咬合や習癖などの不確定要素が多いことから実験系の研究が多く、それをそのまま臨床に応用できるとは言えず、専門的技術の要素が大きくなるため、科学的根拠は他分野と比べるとわかりにくいと言われることが多い。しかしながら、補綴治療においても、多くの賢人たちが伝えてくれている蓄積されたデータ(文献)を無視したドグマで行うよりは、根拠をもった医療を行うべきである。 本書では文献に基づき、現在考えられている真実をできるだけ伝えていこうと思っている。だが、それが絶対的なルールではないので、参考程度にして実際の臨床を行ってほしい。それが根拠のある臨床につながり、将来に思わぬ失敗が起こったときに、なぜそうなったのか考えることで、自分の臨床の本当の蓄えになるのだと思う。「型破り」な臨床を行うのもよいと思うが、決して「型なし」な臨床にはならないように。本書がその一助になれば幸いである。2020年1月須田剛義3

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