その下顎位をどう決める?
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3 近年、口腔内環境と全身疾患との関係性が取り沙汰されるようになり、歯科医療のニーズは高まっている。そのなかでいわれていることは細菌のコントロールに関する内容がほとんどであるが、特に歯周病と高血圧、糖尿病、心筋梗塞、早産などについてはエビデンスベースで関連性の深いことが証明されている。 一方、下顎位や咬合異常が全身に影響を与えるかもしれないことについては、なかなかエビデンスの確立が難しい。その理由として、①咬合異常は数μmの世界で生じていること、②理想的な下顎位、歯列、咬合平面、咬合高径、咬合様式は、すべてにおいて患者ごとに個性が存在し、多角的評価が必要であること、③経年的に変化し続ける咬合は、数値化・定量化が困難であること、④咬合異常が生じたからといって全身症状としてただちに現れるわけではなく、徐々に影響が出てくるため、関連性を裏付ける根拠とならないことなどが推察される。 しかし、実際の臨床では、スタビライゼーション型スプリントを適正な下顎位で製作して使用してもらうだけで、患者が「耳鳴り、めまいが消失した」「頭痛がなくなった」などとコメントすることを多々経験する。もちろんすべての患者がそう述べるわけではなく、なかには習慣性咀嚼位が安定せず改善が難しい症例にも遭遇する。 患者の咬合を変化させるという行為は後戻りできないため、慎重に行われなければならない。筆者は、そのような難症例に遭遇した際に「何を改善したらうまくいったのか?」または「なぜうまくいかないのか?」と、毎回考えてきた。難症例でも諦めず、基本に立ち返り、安定する下顎位や咬合平面を模索し続けていくと、どこかで安定して不定愁訴の改善が認められる。その際、非常に参考となったのは、筆者の所属するスタディグループSJCD(現・日本臨床歯科学会)において師匠や先輩方から学んだ審美的評価基準であった。その患者の個性を見つけ出し、治療のなかで個性に準じた美しいフェイシャルプロポーションへ導けたとき、患者からの「楽になった」というコメントを聞けることが多い。つまり、われわれ歯科医師は、その口腔内状況に陥った患者物語を見抜く「目」が必要である。本書では、筆者が経験した、成功した患者と残念ながら救済しきれなかった患者も含めて報告する。本書が読者諸賢にとって少しでも多くの患者救済ための「目」を養うヒントとなれば幸いである。中村茂人まえがき

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