季節の中の診療室にて
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季節の中の診療室にて瀬戸内海に面したむし歯の少ない町の歯科医師の日常48父母ヶ浜 岡山県から瀬戸大橋を渡り、香川県の海岸線を西に辿っていくと、愛媛県に入る少し手前、瀬戸内海に小さく突き出た荘内半島がある。その半島を越え沿岸線を少し進むと、瀬戸内海の原風景を残した美しい遠浅の浜がある。父ちちぶがはま母ヶ浜といい、季節のうつろい、日の光や月明かり、吹き抜ける風の情勢、空の色にあわせて干潟や波際が表情を変える。 この海岸の水平線に夕日が沈む時、浜に佇み夕焼けに体を預けても、周囲の小高い丘から微妙に色合いを変えていく空や雲、干潟の全景を見下ろしても、夕闇を迎えるまでは言葉はいらない。近くに住む私は、この海岸に夕日が沈むのを感じ取りながら一日を終える。 小学生の頃、夏休みになると自転車でこの浜まで行き海水浴を楽しんだ。干潮時には300メートルの砂浜が続き、素足に触れた焼けた砂の熱さや、湿った細かな砂に潜り込む指の感覚は今でも忘れることはない。波際から離れた潮溜まりに残された生き物を、息を凝らして眺めていると夏の日差しも忘れていた。生活

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