抜歯・小手術・顎関節症・粘膜疾患の迷信と真実
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20Chapter1 抜歯に関する迷信❹症状のない埋伏した親知らずも抜歯する迷その予防的抜歯の有効性については明らかでない真エビデンスで検討すると…●智歯とその埋伏について 智歯は一般に最後に萌出してくる歯で、年齢的には思春期から萌出し始める。顎骨の成長発育の程度によっては智歯が萌出するスペースがなくなり、その状態により半埋伏、あるいは完全埋伏となる。埋伏の状態も歯胚の位置、萌出方向によりさまざまである。近年は智歯が完全萌出しているほうが、むしろ稀である(図1-4-1)。 ●埋伏智歯を放置しておくと、どうなるか? 智歯は完全萌出しないと、う蝕や歯周ポケットへの食片圧入により智歯周囲炎をきたす。局所炎症が慢性化すると歯周炎の原因となり、口臭や第二大臼歯遠心部の骨吸収を生じる。また、歯列不正の要因になるという意見もある(18頁でも触れているが、智歯が歯列不正の要因になるというエビデンスはない)。炎症が拡大すると蜂窩織炎に発展する。糖尿病など感染をきたしやすい状態では、重症感染症から敗血症をきたし、致命的となることもある。病因は明らかではないが、濾胞性歯嚢胞や歯原性顎骨腫瘍の好発部位でもある。頭頸部腫瘍で放射線治療を受けた患者やビスフォスフォネート製剤服用中の患者では、病的骨折や骨髄炎をきたしやすい。下顎骨骨折では智歯の存在により、特にスポーツ(ボクシング等のコンタクトスポーツ)では隅角部骨折をきたしやすい(図1-4-2a,b)。実際、臨床の現場では、殴打の場合、必ず隅角部を精査する。●埋伏智歯抜歯の適応年齢は? 日本の保険診療では、埋伏智歯抜歯の適応年齢はおよそ16歳以上とされ、それ以下の年齢では埋伏状態や周囲炎などの症状が起きないと推察されている。一方、矯正治療では、顎骨の状態によっては萌出開始前に抜歯することもある。また、晩期智歯周囲炎のため、70歳を過ぎて抜歯する症例も稀ではない。●海外での未萌出と完全埋伏智歯の抜歯の適応は? スコットランドの未萌出智歯と完全埋伏智歯の取り扱いに関する診療ガイドラインが、抜歯の適応と非適応について記述している1。推奨グレードは、本書とは異なり、US Agency for Health Care Policy and ResearchのA~C(害や患者の好みなどを考慮せずに研究デザインのみで推奨を決めている)で記述しており、その中から重要なものを表1-4-1に抜粋する。●米国では? 米国口腔外科学会の2013年のClinical Paperでは、萌出スペースのない埋伏智歯の早期抜歯は有効で、医学的な見地から妥当な治療であるとしている2-4。医療保険制度のない国(米国)と全額医療費をカバーする国(英国)とでは、見解が異なるのは当然かもしれない5。一方、医療保険制度のある日本では、官民ともに十分な議論がなされていないのが現状である。●無症候の埋伏智歯抜歯に際して考慮すること 病変のない埋伏智歯を抜歯するかどうかの決定は、抜歯のリスクと利益、そして放置することのリスクに基づくべきであることは明らかである。患者はすべての治療内容を周知したうえで、患者自身が抜歯の決定にかかわる姿勢が望まれるし、そのためには、常に十分な抜歯に対する説明責任をともなう。回転パノラマエックス線写真で下顎管に近接している場合は、CTなどの画像診断で抜歯の判断をしたほうがよい。図1-4-2a,b a:ボクシングによる隅角部骨折。b:回転パノラマエックス線写真。埋伏歯が楔となり骨折しやすい。図1-4-1 智歯が4本とも正常に萌出している症例。ab

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