歯科におけるしびれと痛みの臨床
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003合をして神経瘤をつくったりすることから,神経障害性の異常感覚や痛みを発生するという複雑性をもっている.したがって,治療としての神経接合術は,そうした三叉神経の特徴のなかでの外科処置であり,運動神経接合ほどの良好な結果を得にくいということになる. 感覚神経障害による慢性的なしびれでさえ,患者のQOLを著しく障害することは,歯科医師自身が下歯槽神経伝達麻酔でしびれの体験をしてみると確実に理解できる.この異常感覚が毎日連続して続くのである.神経損傷による後遺症はその損傷内容によるので,つねに時間経過によって治癒されるというのは歯科医師の希望的観測であり,幻想である. 口腔粘膜の慢性痛を訴える症例では,当該部に異常を見出せなく,これも歯科医師を困らせる.仕事中の無意識のくいしばりや,睡眠中の歯ぎしりなど生活習慣が原因となっている口腔顔面の痛みは少なくない.開閉口筋・咀嚼筋の過緊張がまったく違った部位に痛みを起こす.関連痛といわれている痛みであり,痛み外来症例としては多い.関連痛は,保存補綴治療後の咬合異常による痛みであることもあり,歯科にとって重要ではあるが,歯科治療によった神経損傷ではないので,本書では脳腫瘍,帯状疱疹そして三叉神経に起因した痛みなどとともに取り扱っていない.読者諸氏におかれては,これらの原因をも考慮されて痛みの診療にあたってくださることを蛇足ながら追記しておきたい. さて,痛みの診断・治療は,近年著しく進展している.痛みと遺伝子との関係でも研究が進んでいるが,なお痛みという生命維持のための警告装置は警告だけにとどまらず,過剰な苦痛を慢性的に与えることから,患者の生活は破綻しがちである.痛みは不安・恐怖をともなうことから精神的な健全性を損ない「うつ病」の原因ともなるし,逆に痛みが精神疾患の一症状であることも精神科では普通にみられることである.したがって,痛みという警告装置は,局所的な原因と精神疾患が原因になっていて,さらに痛みの程度や時間的な要因が負荷されることから,その原因探求には,身体的なのか精神的なのかを十分意識して鑑別しなければならない.原因が不確かであれば,しばらく様子をみるということではなく,専門医に紹介するのがその方策である. 本書が,患者のしびれや痛みの苦痛を取り除くために多くの歯科医師が誠意をもって診療することのお役に立てれば幸いである.2011年10月 東京歯科大学名誉教授 金子 譲

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