歯科におけるしびれと痛みの臨床
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002Prologue 本書は,神経損傷に関する臨床を主体として,その理解のために痛みの生理をバックボーンに構成した.したがって,一般の歯科医師から痛みの専門外来に従事する歯科医師まで幅広く役立つことを意図した.なかでも「Chapter 2 症例検討」では30症例を提示することで,原因が確定できない痛みに遭遇したときに該当する提示症例を探し出せるようにした.とくに対象とした症例は,本書の副題となっているように歯科治療によって神経損傷で発生した感覚神経障害に焦点を定めた.ともすると,これらは医療事故として法的な問題に派生する可能性を内在している.しかし,後述する抜髄のように神経損傷が治療目的である医療行為では,その後の治癒過程で痛みが生じたからといって抜髄をした歯科医師に責任があるとは筆者には考えられない.現在の医療水準に準拠した行為であったにもかかわらず神経障害性疼痛が生じるのは,きわめて稀だからである.一方,避けなければならない行為が歯科医師の不注意で避け得なかったという事故では,司法的な解決に委ねられることになるであろう. 提示症例は,すべて東京歯科大学の水道橋病院と千葉病院の歯科麻酔科外来に設置してある「口腔顔面痛みセンター」(水道橋病院)と「慢性の痛み・しびれ外来」(千葉病院)での自験例から選択した.編者の一人である福田謙一准教授がセンター長を務めている水道橋病院では,痛み外来を開始してすでに12年が経ち,最近では年間に新患症例365例,延べ数4,079例(平成22年度)という多さである.大変多くの患者が歯科医師から「原因不明」といわれ,「気のせいではないですか」ともいわれ,見えない痛みに苛まされ,不安のなかで生活をされていることがわかる. 歯科では,抜髄処置や抜歯などは日常的な処置である.この行為では末梢神経を切断することを目的とし,あるいは随伴的に末梢神経が切断される.切断された中枢側神経に特段の配慮を術後にせずとも,通常後遺症なしに創傷治癒がもたらされる.しかし,つねに通常の治癒形態をとるとは限らないのが生体である.なぜ通常の治癒過程をその神経は経ないのか,逆説的にいえば神経は切断されたのになぜ後遺症なく治癒してしまうのか.このように通常の抜髄処置であり,また抜歯創は治癒しているのに痛みが後遺している例では,稀であるがゆえに歯科医師の理解を超えた症状として,患者への共感とならない態度をとりがちになる. さらに,近年激増している口腔インプラント処置後に生じるしびれや痛みは,原因が医源性ということから歯科医師と患者の良好な関係は崩れやすい.下歯槽神経や舌神経の損傷,とくに神経幹では部分的な切断の場合でさえ,完全治癒に至った例は自験例からはない.持続したしびれに痛みが加わってくる例では,痛みの管理でさえ困難な場合が少なくない.三叉神経幹には,四肢の運動神経のみの神経幹とは異なり,痛み・温度・触れるなど数種類の感覚神経が走行していることから,切断面が治癒過程で同一の性質をもつ感覚神経と接続するわけではない.また,切断神経は過剰接刊行にあたって

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